ヨコイコラム~過重労働(長時間労働)の労務リスクマネジメントのポイント

1.はじめに

はた楽コラムの場をお借りして、いくつかの労務リスク上のマネジメントについてお話させていただいておりますが、今回は過重労働(長時間労働)の労務リスクマネジメントのポイントを考えてみましょう。
この過重労働の問題は、そもそもこの“はた楽サロン”というコンテンツの立ち上がりのきっかけともなった問題であり、現在の「働き方改革」の議論や「WLB(ワークライフバランス)」の議論がいっきに盛り上がってきたきっかけともなったトピックでもあります。

2.長時間労働を理由とした過重労働問題

さて、この「過重労働」と一言でよく言われますが、実はざっくりと2つの側面があります。その一つが「長時間労働を理由とした過重労働」であり、もう一つは「心理的負荷を理由とした過重労働」ということになります。
企業において、労務リスクに対するアプローチには、そのリスクごとに差異があるように、一口に「過重労働問題」と言っても、「長時間労働を理由とした過重労働」の問題なのか、それとも「心理的負荷を理由とした過重労働」の問題なのかによってもアプローチには差があります。
本稿では、前者の「長時間労働を理由とした過重労働」の問題についてまずは見ていくこととします。

3.「長時間労働」って具体的には「何時間労働?」

そもそも「長時間労働」って何時間から長時間労働になるの? という疑問が湧きます。この点、具体的に「〇時間働くと長時間労働」という線引きはありません。ありませんが、厚生労働省の告示“時間外労働の限度に関する基準(平成10年労働省告示154号)”では、次のように示されています。


 出典:パンフレット「時間外労働の限度に関する基準」(厚生労働省・都道府県労働局・労働基準監督署 H27.3)

これによれば、一般的な労働者の場合、1ヶ月で45時間程度の残業までは許容される範囲(一般的に長時間労働とは解されない範囲)であるように思われます(もっとも、上記の基準はあくまで36協定の締結基準であって、長時間労働となるかならないかの基準ではありません)。

しかしながら、1ヶ月に45時間までとなりますと、実際上、とてもやっていけないという企業は現に存在しています。中小零細企業に関わらず、年間の源泉納付税が数千万円にもなる企業であっても昨今の人手不足の問題は深刻になっています。
私が直近で頭を悩ませたのは、クリスマス商戦、年末年始の歳末商戦に向けたいわゆる軽作業への派遣事業を営む企業での人手不足問題でした。同社ではなかなか安定的に就労してもらえる日本人の採用が難しく、外国人労働者にも頼らざるを得ない状況でしたが、その外国人労働者を雇うにも日本語と当該外国人の母国語との通訳業務に長けた人材の不足もあって採用状況は極めて厳しい状況が続いていたのです。このようなケースでは上記の基準はとても遵守できるような状況ではありませんでした。
こうしたやむにやまれぬ事情を抱えている現実的な問題は多くあります。そこで、次に「特別条項」という考え方がとられています。

4.特別条項付き協定

臨時的に限度時間を超えて時間外労働を行わなければならない特別の事情が予想される場合に、以下の例のような特別条項付き協定を結べば、限度時間を超える時間を延長時間とすることができます。

(例)特別条項の例文
「一定期間における延長時間は、1 か月 45 時間、1 年 360 時間とする。 ただし、通常の生産量を大幅に超える受注が集中し、特に納期がひっ迫したときは、労使の協議を経て、6 回を限度として 1 か月 60 時間まで、1年 420 時間までこれを延長することができる。 なお、延長時間が 1 か月 45 時間を超えた場合の割増賃金率は 30%、 1 年 360 時間を超えた場合の割増賃金率は 35%とする。」
※「1ヶ月」と「1年」のそれぞれについて延長時間の限度について定めることが必要です。もちろん「36協定」は労使間の民事的な約束ですから「うちは1ヶ月についてだけ協定する」ということも可能ではあります。ただ、その場合、「1年360時間」という枠が原則通りに活きてきますから企業の労働時間管理上は大きなリスクとなります。1年についても「360時間」という原則枠ではない枠を設定しておくべきと考えられます。

「3」にみたように、告示による基準はあるのですが、この特別条項によって企業の実態に鑑みた残業時間の枠を労使間で約束しておくことができるわけです。

このように考えますと、「〇時間働くと長時間労働になる」という「〇時間」とは、各企業単位で変わってくるようにも思えます。仕事の内容や求められる注意義務の程度、注意を払うべき時間の長短等によって疲労度合いも異なると考えられるためです。これはあながちあやまりではないと思います。

5.月80時間ライン

しかしながら、企業によって「〇時間以上を長時間労働」とするかは異なる、という相対的な話で終わってしまっては労務リスクマネジメント上の参考には乏しい。そこで、ご紹介したいのは、労災認定リスクです。個々の従業員の健康管理(従業員のパフォーマンスを最大限に発揮させること)はもちろん重要な関心事ではあるのですが、もう一つの関心事としては、従業員の健康障害について企業はどこまで責任を負うことになるのか?という側面です。
長時間労働を例にすれば、
「長時間労働でヘトヘトだ。私の疾患は長時間労働が原因ではないか」
と従業員が自身の健康状態について疑念をいだいていた場合、単にそれが疑念に過ぎないのか、或いは実際にはそれが長時間労働に由来するものであるのか、この両者の違いには結果に大きな差をもたらします。すなわち「労災認定リスク」の問題です。

労災認定を受けるということは、誤解を恐れずに申し上げますと「お前の会社で働いたせいで健康を害した」ということに他なりません。「お前の会社のせいで」というところがポイントで、企業は労災認定によって管轄労基署等からの注意・指導といったことを受けることにつながり、そしてそのまま民事的にも安全配慮義務違反として当該従業員の健康被害に対して損害賠償責任を負う根拠にもつながっていくわけです。
逆に、労災認定はなされず、当該従業員の主観的な健康観によって、単に「私の疾患は長時間労働が原因ではないか」と思っているに過ぎない場合は、法的に担う責任の程度はかなり抑えられるものと考えられます。

そこで、長時間労働を理由とした健康障害について、労災認定を受けるリスクはいったい〇時間ラインか?という点がクローズアップされてきます。

上記は「脳・心臓疾患」について長時間労働を理由とした労災認定がなされた件数を整理したものです(平成27年度のものになりますが、間もなく平成28年度のものが公表されるころと思います)。「脳・心臓疾患」の支給決定件数を取り上げたのは、疫学的に労働時間の長短と脳・心臓疾患の発症率との相関関係が分かっているためです(参考:平成13年12月12日基発1063号等)。

これによると、脳・心臓疾患が「長時間労働を理由として労災認定する」件数は、月45時間未満の場合は0件(すなわち労災ではない)、45時間以上60時間未満においては平成27年度に1件のみ、60時間以上80時間未満においては同じく11件となっていますが、月80時間以上の項目になると途端に労災認定件数が跳ね上がって105件となっています。

月の残業時間が80時間以上となってくると、企業として労災認定のリスクが高まり、結果として従業員の健康障害についても民事上の責任を負うリスクも高まる、ということが推察されます。

5.今後の労基法改正の展望

昨今の働き方改革の流れを受けて、労基法の改正については様々な議論が交わされているところです。本稿でも取り上げた36協定についても、現状は通達という命令による指針は示されているものの、法律による制限枠というものがない実情において法的に残業時間の制限枠を設けようという動きがあります。また、有給休暇については、2020年の東京オリンピックの年までに有給休暇取得率70%とするとの政府の数値目標が掲げられており、 「使用者は、10日以上の年次有給休暇が付与される労働者に対し、そのうちの5日について、毎年、時季を指定して与えなければならない」という内容が改正によって導入されることが議論されています。
残業時間の法的上限枠の設定、有給休暇の強制的消化の制度、この2本についてはかなり高い確率で労基法の改正がなされると考えます。

ヨコイ・マネジメントパートナーズ
 代表 横井 祐

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