
俗に「ピラミッドパワー(pyramid power)」といわれるものがあります。
一時期、日本ではブームになったこともあります。
もともとは1930年に、エジプトのクフ王のピラミッド内に残された死骸が脱水状態であることに不審を抱いたアントワーヌ・ボビーによって、この現象の再現実験を行ったことに始まるものです。
ピラミッド形の物体に宿る不思議なパワーにより、腐敗を防いだり、精神集中から悟りを開いたり、頭の回転が速くなったりという効果があるとされていました。
実際には科学的根拠が無く、ブームも一過性で終わり、現在では疑似科学の一つと考えられるようになりました。
また一方でピラミッドといえば、海外だけでなく、日本にもあるとした説もあります。酒井勝軍(国教宣明団)などの主張によるもので、代表例としては広島県の葦嶽山が挙げられますが、他にも長野県の皆神山や秋田県の黒又山などが有名です。
酒井勝軍によれば、「本来は山がピラミッドであり、エジプトは周りが平地であるため山がなく仕方なく石で積み上げたのだ」としていて、日本には約20箇所のピラミッドが見つかっているといっています。日本の場合は自然の山を利用したものもあるともいわれ、明らかな人工物とは限らないのが特徴といえます。
関東平野の片隅にも、きれいなピラミッド型をしている山があります。知る人ぞ知る山といえるかもしれませんが、突然目にすると、それなりのインパクトがあります。何だかミステリー色が加わり、日常のストレスから離れ、それだけで探検気分が味わえるかもしれません。
この山の名は弘法山。
丘陵地帯ではあるものの、直接的にどこの山とも繋がっているとはいえません。独立してピラミッド型に聳えているので、余計に存在感があります。標高は高くありません。むしろ低い山(標高:164メートル)ですが、山の形と周囲との違和感は非日常を十分に演出しています。
場所は埼玉県の越生町。
越生は「おごせ」と読む、難読地名です。JRでは八高線、東武鉄道では支線の越生線があります。
越生の町中から見るその山容は、端正な二等辺三角形です。「人工的なピラミッド」という説も根強くあるといわれます。仮にそうでなくとも、この山容は、古代より神奈備山として崇められてきたことは想像できます。
酒井勝軍によるピラミッドの条件の中で「自然、人工を問わず三角形の形をした山」については十分に満たしているといえます。ただ「頂上付近に球形の石と、環状列石があること」については、現在は神社境内であり、発掘記録もないのでわかりません。また「遙拝するための拝殿があること」については、もしかしたら山の名の由来である弘法大師、つまり空海との関係に埋もれたかもしれません。
中腹にある弘法山観世音は山を見上げる位置にあり、この観世音が弘法大師作と伝えられていることで弘法山といわれます。拝殿が弘法伝説と重なったかもしれません。
ちなみに、越生七福神の弁財天も祀られています。
『新編武蔵国風土記稿』には以下のように記されています。
「四辺は松杉生ひ茂りて、中腹に妙見寺あり、夫より頂まで殊に険阻の山なり。頂に浅間の祠を建て、祠辺よりの眺望最も打ち開けたり。先ず東の方は筑波の山を始めとして、比企、足立、江戸を打ち越えて、遠く房総の山々を見渡し、南は八王子の辺までのあたりに見え、西は秩父ヶ岳及び比企郡笠山、乳首山など連り、北は三国峠より信州、越州の高山みえたり」
現在は妙見寺はなく、以前は山頂に浅間神社が鎮座していたようですが、これも諏訪神社に変わっています。
山頂へは観音堂の境内から行けます。樹木が多いものの所々で岩盤が露出している場所もあり、本格的な登山の雰囲気もあるといえます。ただ距離がないので、登山時間も片道10分程度です。この程度ならストレス解消の軽い登山気分には最適かもしれません。
山頂は南側だけ眺望が楽しめます。
越生の町並みだけでなく、東京の一部まで見渡すこともできるかもしれません。
ちなみにこの弘法山から真南に進み、神奈川県の秦野市に入るとやはり弘法山という山があります。ここは明るいハイキングコースになっています。今度は逆に真北に進み、群馬・栃木の県境に行くと、そこには弘法大師が袈裟を脱ぎ捨てたという伝説の袈裟丸山があります。見事に一直線に繋がります。レイラインと表現したくもなります。
秦野・弘法山 東経139度15分
越生・弘法山 東経139度17分
袈裟丸山 東経139度19分
弘法大師の霊場や伝説地には中央構造線と水銀などの鉱脈との関係、さらには不老長寿、景教との関係など、眉唾ものからかなり謎めいたものまで、数多くあります。酒井勝軍のピラミッドについても、まともに相手にされない話かもしれません。そんな混沌したミステリーではありますが、謎に包まれた山という形容は間違いありません。
ストレス解消・発散の道具にしてみるのはいかがでしょうか。謎解きと古代ロマンの想像をかけ合わせ、ハイキングで身体を動かします。程よい気分転換になるのは間違いないでしょう。