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安倍政権の「働き方改革」に隠された課題

安倍政権が「最大のチャレンジ」・「一丁目一番地」の政策課題に位置付ける「働き方改革」。
働き方改革実現会議が全10回が終了し、戦後、労働基準法70年という歴史の中で、旧来の日本型雇用慣行を否定した大改革の実行計画がまとめられた。2019年度からの実現をめざすものだが、その内容には生産性向上や成長を底上げするという側面から見ると、労働者だけでなく企業にも大きなハードルを課すことになったかもしれない。
この計画には9のメニューがあり、報道でも盛んに取り上げられているのが、「同一労働同一賃金の推進」と「時間外労働の上限規制の導入」の2つであろう。
この会議が継続しているときには、時間外労働の上限を月100時間「未満」とするか「以下」とするかで労使が対立したという報道もあった。外から見て決して意味があるとは思えず、まるで表層的な議論のように感じられた人も多かったのではないだろうか。
実はこの働き方改革とは、そのような時間外労働の上限時間の裏側にある、本質的な課題について議論が進んでいないという危惧があった。それが生産性という側面である。
生産性を上げる手法がない状態で、単純に労働時間を減少させるということは、必然的に生産性が下がることを意味し、いわば働き方改革によって企業の業績が悪化する危険性を孕んでいることになる。
OECDによる労働生産性(労働時間あたりの国内総生産)を見ると、2016年度の数値では、日本は37,372ドル(394万円)で35カ国中18位だった。アメリカの約2/3程度の数値で、OECD加盟国平均(40,089ドル/422万円)を下回る水準だった。主要先進7カ国で見れば、1人当たりGDPは40,000ドルを超える上位グループと、30,000ドル台の下位グループに分かれ、当然ながら日本は下位に位置づけられる。
ちなみに上位はアメリカ、ドイツ、カナダ、イギリスで、下位は他にフランス、イタリアになる。
ここで日本より労働時間が短く、生産性の高い代表例としてドイツについて考えてみる。
ドイツは主要先進国の中で最も労働時間が短い。2015年のデータだが、ドイツは労働者1人あたりの年間平均労働時間が1,371間で、日本は1,719時間だったので約2割ほど短いことになる。特徴的なのは、ドイツの場合、労働生産性を1人当たりでみると第12位であるにもかかわらず、時間当たりでは第7位となっていることだ。これは短い労働時間で効率的に成果を生み出すことを可能にしていることを意味し、結果的に経済的に豊かな生活が実現していることになる。要するに労働時間が短くても経済成長を維持できて、しかも社会保障システムによって富を再分配していることになる。
実際にドイツは欧州ナンバーワンの強い経済力を誇っているし、しかも日本と同じように「物づくり」分野も際立つ産業構造で、2015年の貿易黒字はOECD加盟国内で最大、それでいて社会保障サービスの水準も日本を大幅に上回っている。
歴史的経緯や文化の差などもあるため、単純に日本よりドイツが優れているとはいえないが、働き方改革にはこのような視点が不足しているのは間違いないだろう。
ちなみに働き方改革とは別の側面になるが、ドイツでは長時間労働による自殺や過労死も、労働者の鬱病の発症リスクも日本より格段に低いのはいうまでもない。
ところで、日本では雇用状況は悪くない。しかし好景気を要因としているわけではなく、深刻な人手不足によるものだ。業界で見れば、代表格として運送業と建設業が挙げられる。この業界の人手不足の深刻度は高く、生産性を上げられる方法は皆目見えていない。それにも関わらず、時間外労働を抑制し、高い賃金にしないと人材すらも確保できない人手不足状況は、今後ますます闇が漂っているようにすら思える。
もちろん旧来の日本的雇用慣行を続ければ良いと言うことにはならないだろう。昨年の電通の事件を例に出すまでなく、日本でも名だたる企業でも多くのひずみが噴き出してきている。そのためにも働き方改革の方向性自体は決して誤っているとはいえない。そういう意味で、企業側に多くの負担がかかるのは致し方ないかもしれない。
しかし、労働者の働き方を保護することで、生産性の悪化による解雇、人件費の抑制、倒産などのリスクも増加する可能性もあることについて、働き方改革実現会議で語られていただろうか。
日本独自に進んできた道を大きく変革することは、プラス面だけでなくマイナス面もあることを考える必要はあるのではないだろうか。