
企業にとって「情報」(特に一般に「機密情報」又は「秘密情報」といわれるもの)の価値はますます高まるばかり。労働分野においても、この「情報」という企業のいわば“資産”を外部に漏洩してしまうという、企業価値を棄損する行為については厳しく対処する事案は少なくありません。そして、この厳しい対処が時として労使間の紛争に発展してしまうこともあります。今回は、この情報漏洩のリスクと労務管理の在り方について少し考えてみたいと思います。
まずは次の事例をご覧ください。
事例 日本リーバ事件
概要 化粧品メーカーX社にリサーチマネージャーとして勤務していたAは、X社の選択定年制度を利用し早期退職の意思を示していた。しかし、Aがその後競合他社であるY社に就職することを知ったX社は「X社の事業上重要な秘密情報を競合他社に漏らし又は漏らそうとしたことが明らかである」との理由でXを懲戒解雇した。これに対してAは懲戒解雇が無効であるとし、選択定年制度を利用した際に支払われる割増退職金等を求めて提訴した。
判決 労働者側敗訴
Aは開発会議にも参加するなど秘密性の高い情報に触れる機会があった。AはY社への就職が内定した後にも会議へ出席し、その資料を返還しなかったことや、企業内サーバーから市場調査に関する資料を個人メールアドレスに送信するなどの不可解な行為もしていた。Aの行為がY社への情報提供のためかは断定できないが、X社の就業規則上の懲戒事由に該当すると判断できる。よってAの懲戒解雇は有効であり、この懲戒解雇事由は退職金を不支給にするだけの著しく重要なものだといえる。
【解説】 “不当解雇”と呼ばれるものには必ずなぜその解雇が“不当”なのか、という理由があります。今回の事例では情報漏洩がキーワードであり、“情報”としての重要性と“漏洩”の可能性が検討されてものと考えられます。この結果、労働者が持ち出した資料等は保護されるべき“情報”であり、また退職が決定してからもなお重要な会議への出席を継続しその資料の返却も拒絶していたという経緯から“漏洩”のリスクについても是認されたものと考えられます。そして、これが重大な就業規則違反とみなされて懲戒解雇が妥当だと判断されました。
システム上でどんなにセキュリティを強化しようと、アクセス権のある従業員による背信行為があっては意味がありません。未然に防ぐための対策が肝心要です!
それでは使用者側・労働者側それぞれの対策を考えましょう。
《使用者側の対策》
- 秘密保持誓約書の作成
入社時に労働契約書と共に作成している企業もあるかと思いますが、その意味と必要性を今一度考えましょう。
※秘密保持誓約書とは…?
業務上知り得た情報や技術を業務目的以外で使用しないことなどを誓約してもらう書面です。従業員本人に署名捺印してもらうことで秘密情報に対する責任を明確化できます。
② 就業規則、各種規定の整備と徹底
就業規則は常時10人以上の労働者を使用する場合に作成と労働基準監督署への届出が義務付けられています。10人未満の場合でも作成は可能です。就業規則は作成・届出後に従業員に対して掲示や書面交付など周知する必要があります。
就業規則が形骸化していないか、現況に合っているのか、整備と周知徹底しましょう。
③情報漏洩に関する研修
情報セキュリティ関連部署の担当者や外部講師による研修も有効です。情報漏洩のリスクを客観的に考える機会を与えることで、気持ちを引き締めるきっかけになります。また、このときは研修内で企業が情報漏洩によってどのくらいの損害を被ることになるのか、具体的な損害賠償額の金額なども交えて実施することが効果的です。
《労働者側の対策》
①署名捺印が必要な書面の内容理解
企業側から書面提出を求められた場合になんとなくで署名捺印していませんか?きちんと読まないと、内容すべてに同意したとみなされてしまいます。
多少でも不安や不明な点があれば担当者に質問しましょう。
②秘密情報を持ち出さない・与えない
SNSが発達している現代、自身が無意識でもいつ何処でどのように情報が拡散されるかは分かりません。業務と関係のない場には秘密情報を持ち出さない、与えないように心がけましょう。
不当解雇の判断は日常の行動を遡ってみられるケースがほとんどです。使用者側は日頃から管理監督に力を注ぎ、労働者側は業務上の行動に責任を持って取り組みましょう!
ヨコイ・マネジメントパートナーズ
パートナー 高橋久美子